広島で編集者として活動後に上京し、安芸津に移住
広島県竹原市の出身で、広島市内の出版社に就職し、編集者として観光情報やグルメ関連のムック本などを手がけてきた村上さん。
「以前は田舎町で生まれ育ったということがコンプレックスでした。しかし、社会人になってから広島県内の各地を取材して回り、様々な角度から市や町を捉えるようになると、自分たちの手で〝コト〟を起こして地域を盛り上げている方がたくさんいることに気が付きました。皆さんが自分の故郷に誇りを持っていることが素敵に思えて、かつて抱いていたコンプレックスは無くなりました。私も地元に貢献できるような活動をしてみたいと思うようになりました。そのための経験を積もうと、5年間務めた会社を辞めて上京し、東京の輸入販売会社に就職して企業広報とPR業務を4年間経験しました」
あえて編集の仕事とは異なる業種で実績を積み、東京での生活も経験した。そろそろ広島に帰ろうかと考えていたタイミングで、東広島市安芸津町の地域おこし協力隊の募集を知った。
「地域おこし協力隊の制度は以前から知っており、広島で仕事を探すなら有力な選択肢のひとつとしてチェックしていました。安芸津は出身地の竹原市の隣なので親しみがあったことに加え、瀬戸内海が見える土地であることも決め手になりました。地域おこし協力隊を募集しているところは広島県内でほかにもありましたが、瀬戸内海が見えるのは安芸津だけだったので、そこに惹かれました。」
広島に帰ろうとするタイミングと募集のタイミングがぴったり合致したことに、運命的なものを感じたという村上さん。採用が決定し、広島へのUターンという形で、2020年9月に地域おこし協力隊として着任した。
編集者の経験を活かし、地域マップや冊子を発行
地域おこし協力隊に着任した村上さんは、自身の経験を最大限に活かせると考え、安芸津の広報PRを活動のテーマに設定。
「情報発信の手段はいくつかありますが、これまで紙媒体の仕事を数多く手がけてきたので、まずは安芸津町全域の手書きマップを制作しようと思いました。エリアごとのウォーキングマップはありましたが、町全体を見渡せてイメージが伝わるようなマップはありませんでした。自分の町を知る上でも、町の魅力を伝えるにも地図を作ることが有効な手段になると思いました。」
B4サイズの大判マップで、文字とイラストはすべて村上さんの手書きによるものだ。
「編集者時代はイラストや写真、文章などは専門の方に依頼してプロジェクトを組む形で制作していましたが、ここではそのような方法は難しいし、自分がどこまでやれるかという挑戦もしたかったのです。もともとデザイナー志望だったこともあり、デザインやイラストを描くのも好きなので、取材しながら写真も撮り、原稿作成からレイアウトまでやり遂げて、4カ月ほどで完成させました。」
2021年2月に完成したマップは、安芸津町の飲食店や郵便局などで無料配布され、地元で好評だそうだ。
「続いて手がけたのが、『安芸津お土産手帖』という冊子でした。安芸津の特産品を紹介することをコンセプトにしていますが、日本酒や牡蠣、ジャガイモといった、町でメジャーな特産品以外の商品にも光をあてることを目指しました。町の人によるふるさと自慢の内容を盛り込み、商品を作っている方の似顔絵を私が描いて入れています。作り手の温もりが感じられるような構成にしたので、私も作っていて楽しかったです。こちらは500円で2021年12月に販売開始しました。」
役所の担当者や先輩隊員の貴重なアドバイスに感謝
冊子の制作もマップの時と同様に、ひとりで取材から編集、イラスト、レイアウトまで手掛けたので、制作には半年ほどを費やしたという。
「取材エリアが広範囲にわたって点在していたので、自転車で回ることもありました。体力的に少し大変だったことや、猛暑や寒い時期も動いていたので、ちょっと辛いこともありましたが、行った先々で飲み物などを出していただくなど、皆さまの優しさや心づかいに触れることができました。制作過程での交流が、本当に何ものにも代えがたい時間に感じられて嬉しかったです。」
ひとりで制作しているので、やりがいが大きいものの、一方では不安もある。そうした点は、周囲がサポートしてくれた。
「もちろん、客観的な意見がほしい時もあります。そんな時は役場の担当者の方や協力隊の仲間たちにアドバイスをいただきました。町の人たちとコミュニケーションがうまく取れずに悩んだ時もありましたが、協力隊の先輩の方に励ましてもらうなど、本当に助けられています。東広島市の職員の方も読者目線でのご意見をくださったり、地元の人でないと気づかないような視点での助言もしてくれるので、本当にありがたいと感じています。」
村上さんは、地域おこし協力隊のOBやOGが開催するオンラインセミナーなども積極的に参加しているという。
「任期終了後の仕事探しや起業の事例などについては参考にしたいし、情報も得ていきたいと思っているので、そうした機会はなるべく活用しています。市民の方との関りを大切にしながら、自分の将来のこともしっかり見据えて活動していくというバランスが必要だと思います。」
安芸津の人の手で、今しかできないものを作りたい
紙媒体だけでなく、Instagramでの情報発信も行っているが、こちらは日常生活の小ネタなども書いている。
「Instagramでは、ご近所の家で鴨が生まれた話や、味噌づくりに励む地域の様子など、暮らしの中の小さな一コマも取り上げています。そのように地域の生きた情報を発信していると、町の人たちに声をかけていただきやすくなるというメリットもあると思います。町の情報屋さんといった位置づけで気軽に接していただければ嬉しいですし、実際にイベントに呼んでいただくなど、活動がしやすくなりました。」
地元の老舗酒造会社である柄酒造からの依頼で、日本酒のラベルデザインを手がけたこともある。
「柄酒造さんの社長のご長男家族が家業を継ぐためにUターンされた時期が私の着任時期と一緒だったこともあり、仲良くさせていただいています。その縁で、初の試みで出される『夏酒』のデザインの依頼をいただきました。デザインは本業ではないし、恐れ多いお話ではあったのですが、とても貴重な機会だったのでチャレンジさせていただきました。」
今後は、これまでのようにひとりで作り上げるのではなく、地域の方と一緒に作るようなスタイルの媒体に挑戦したいそうだ。
「私がやっている紙媒体のモノづくりと、地域の皆さんの得意なことを掛け合わせたような形で、今安芸津にいる人が、今しかできない何かを表現するものを作りたいです。活動の合間で、副業として編集やライティングの仕事も始めていますが、任期終了後も引き続いてフリーランスでそれらの仕事を続けたいと思っています。安芸津との縁を大切にしながら、この地に拠点を定めて、モノづくりが続けていけたらいいなと考えています。」
Profile
広島県 東広島市 地域おこし協力隊 現役隊員
村上由貴さん
1988年生まれ。広島県竹原市出身。広島市の出版社に5年間勤務した後、東京の輸入販売会社に転職。広報・PR業務を経験する。やがて広島にUターンするために東広島市安芸津町の地域おこし協力隊に応募。2020年に着任し、これまでのキャリアを生かして冊子の発行や情報発信に尽力する。