プロのマウンテンバイク・ライダーから転身した山内さん

観光案内所を拠点にした観光施設の整備や観光情報の発信など

  • 熊本

熊本県 南阿蘇村 地域おこし協力隊 現役隊員(任期:2019年4月~)
山内健正さん

プロのMTBライダーから協力隊に転身

熊本県南阿蘇村は、2005年に旧阿蘇郡白水村・久木野村・長陽村の3村が合併して誕生した村だ。世界最大規模の阿蘇カルデラの南山麓に位置しており、一帯には雄大な景観が広がっている。

村のキャッチフレーズは「水の生まれる郷」。6つの一級河川の源流になっている阿蘇カルデラにちなんだもので、村内にある11か所の水源が「日本の名水百選」や「平成の名水百選」に選定されている。

そんな南阿蘇村で地域おこし協力隊として活動しているのが山内健正さんだ。熊本市出身だが、小学生時代の2年間を南阿蘇村で過ごし、その後は村外へ引っ越したが村との縁は途切れることなく、いつかは帰りたい「心の故郷」になっていたという。

「親の仕事の都合で、これまで20回以上の引っ越しで住まいを転々としてきましたが、継続的に南阿蘇村とは関わってきました。熊本県八代市の下宿に住んでいた高校時代は、休日に南阿蘇村のレストランでアルバイトをしていました。レストランの店主とは大人になってからもよく会っていて、ある日、南阿蘇村で地域おこし協力隊を募集していることを教えてもらいました。」

山内さんの前職はプロのマウンテンバイク(MTB)・ライダー。新潟県にある専門学校でマウンテンバイクの技術を磨き、卒業後はスポーツ用品企業のチームに所属した。しかし、プロのライダーとして競技に打ち込む一方で、別の思いも芽生えてきた。

「それまでは『競技』としての自転車に夢中になっていましたが、もっと『遊び』としての自転車の楽しみ方を追求したくなりました。そこで、南阿蘇村の新たな観光資源として自転車を活用できないかと考えました。」

そのときはチームを離れた充電期間だったこともあり、レストランの店主の薦めを受けて、南阿蘇村で新たな一歩を踏み出すことを決意した。

ダイナミックなアクションでマウンテンバイクのコースを疾走する山内さん。

南阿蘇にはなかった「夜」の観光事業を企画する

山内さんは2019年4月に着任後、村の産業観光課に所属。「南阿蘇観光案内所」を拠点にして観光施設の整備や観光情報の発信などのミッションに取り組んでいる。これまでに、桜の開花シーズンに観光客が殺到する「一心行の大桜」周辺の交通渋滞緩和のための誘導看板の設置や、村の観光名所を詰めこんだ「南阿蘇ロードMAP」のリニューアルを行った。また、南阿蘇村やその周辺の市町村にまたがって開催されるトレイルレース「阿蘇トレイルラン」では、ロングコースの先導役を務めた。

村内には「南阿蘇水源巡りコース」や「阿蘇パノラマライン南コース」といったサイクリングコースが整備されていたが、まだまだ認知度は低く、知る人ぞ知るスポットだった。その魅力を多くの人に楽しんでもらおうと、「南阿蘇観光案内所」は電動アシスト付きレンタルサイクルサービスをスタート。それが山内さんの着任した年と重なったことから、山内さんが自転車のメンテナンスから利用者への乗り方指導まで一手に引き受けることとなった。

山内さん発案の「みなみあその夜会」も恒例行事になりつつある。これは、道の駅「あそ望の郷くぎの」の広場を利用した野外イベント。「夜会」の名のとおり夕方から夜にかけて開催され、会場中心部にたき火を設置し、そのまわりを参加者たちのタープやテントがぐるりと囲む。

「音楽あり、フードありのとてもゆるやかなイベントです。南阿蘇村には夜に楽しめる観光名所やイベントがなかったため、なにかできないかと考え、企画しました。まわりに声をかけたら地元のクリエイターやゲストハウスのオーナー、同僚たちが協力してくれて、2020年10月にプレ開催として『第0回』を開催したのですが、広く周知していなかったにも関わらず100名近い来場がありました。予想外の盛り上がりで、来場者に振る舞うために準備していた料理もあっという間になくなってしまったほどでした。」

2021年に開催された第1回と第2回では規模を拡大。新型コロナウイルス感染症対策を万全にした上で、飲食や物販ブースを設けたほか、ステージ演奏なども行われた。

「みなみあその夜会」の様子。回を重ねるごとに参加者は増えている。

村内にマウンテンバイクのコースを開設

2020年8月、山内さんは道の駅内にある「みなくるストア」で自転車修理・販売店をオープンさせた。店では児童用や日常用からスポーツタイプの自転車まで、幅広く取り扱っている。

山内さんは、地元小学校の自転車クラブの講師も兼任し、子どもたちを引率してサイクリングに出かけるほか、自転車の運転技術を教えている。

「私が子どもたちに伝えたいのは『自転車で楽しむ経験』です。自転車に乗れば、より遠くへ気軽に遊びに行けて、世界がグっと広がります。友達同士で遠出した体験は一生ものの思い出になります。感性が豊かな子どものうちにそれを味わってほしいと思います。しかし『自転車は危険なのでは?』と思っている方もいらっしゃいます。たしかに、乗り方を間違えれば事故を起こすこともあります。だからこそ、自転車クラブでは自転車の危険性や乗車ルールもしっかり伝えています。ときには転んだりすることもありますが、その経験もまた糧になる。そうしたことも含めて、自転車の魅力を知ってほしいです。」

協力隊としての活動のかたわら、山内さんは個人的にマウンテンバイク用のコースの整備も進めてきた。モトクロスバイクのコース跡地を活用したものだが、整備は山内さん自らの手で行っている。知り合いから借りた建設機械を使って、コースにコブをつくったり傾斜をつけたりするなど、時間をかけながら理想のコースに仕上げていった。

「あるバイクコースが閉鎖されると聞きました。マウンテンバイクコースに転用できないかとその土地のオーナーに会いにいったら、なんと私が南阿蘇村で暮らしていた時に通っていた小学校の校長でした。『おぉ! 健正じゃないか!』と、校長も覚えてくれていました。そこからとんとん拍子で話が進み、自分のマウンテンバイクコースを持つことができました。オープンしてからはマウンテンバイクの教室も定期的に開催し、子どもから大人まで幅広く受け入れています。有志とともにコースを整備することも多く、子どもたちのリクエストをコースづくりに取り入れることもあります。」

はじめは知人だけが集まっていたマウンテンバイクコースだったが、コロナ禍の影響で野外レジャーが注目を集めていることもあり、ファミリー層の利用も少しずつ増えてきているという。

「サイクルピットぐるり」では、地域内の出張修理も行っている。

任期中に地域活性化のノウハウを培う

着任当初は、パソコンのキーボード操作が不慣れだった山内さんだが「いまではタッチタイピングも余裕です」と語る。

「キーボードの操作だけでなく、書類の作成やイベントの企画立案など、アスリートの世界しか知らなかった私がよくここまで成長したなと感慨深くなります。なにかに失敗しても上司や同僚がフォローしてくれるし、ひとつのプロジェクトを進めるにあたって、全体を俯瞰する力も養われました。」

山内さんは、任期終了後も家族と共に村に定住する予定だ。そのために、自転車屋の開業や、マウンテンバイクコースの整備など、任期後の活動につながることも任期中に行った。

「3年間の任期でどこまで準備ができるだろう、と考えていましたが、いろいろな縁が重なってどんどん夢に近づいてきました。これなら任期終了後の生活もスムーズにスタートを切れそうです。生活や時間を保証され、地域で活動しながら将来のことにもつなげられるので、協力隊制度を活用してよかったです。夢をもっている人にこそ、この制度を知ってほしいです。」

また、自転車クラブと並行して、有志を集めたマウンテンバイクのクラブチームを結成するという。

「クラブをつくって、自転車の楽しさを多くの人に発信したいです。村外のサイクリストを呼びこむことができれば、飲食店や観光施設の新規顧客の獲得につながるかもしれません。我々がガイドを担当する村内ツアーも企画したいです。」 

自転車を通して、より多くの人を南阿蘇村に呼び込む。山内さんの構想は広がっている。

マウンテンバイクコースに地元の子どもたちを集めて、マウンテンバイク教室も開いている。

Profile

熊本県 南阿蘇村 地域おこし協力隊 現役隊員
山内健正さん

熊本県熊本市出身。小学生の2年間を南阿蘇村で暮らす。その後は引っ越しを繰り返しながらも、南阿蘇村と定期的に関わる。2013年、新潟県にあるマウンテンバイクの専門学校に入学し、専門技術を学ぶ。卒業後はプロのライダーとして競技の世界へ。2019年4月より、南阿蘇村に地域おこし協力隊として着任。観光案内所を拠点にして、観光施設の整備や観光情報の発信に取り組む。